26
May
2004
そう思う人のためのトランス、それこそが2004年型ダンスミュージックかも!非日常を感じたい、だけど今楽しいだけじゃ人生は良くならない。当たり前のことです。それが踊ってても気になってしまうわけだ。だから踊っててもいろいろ考えてしまう。ハタから見るとパーティーピープルなんてすべからくアホに見えるだろうけど、踊りながら結構悩んでばっかりの人も実は多い。やっぱり自分がダンスしてることが、ヒマ潰しのために自分がたまたま選んだ事だ、とは思いたくない、何か特別な意味を見いだせるはずだと信じたい、そういう希望を持つこと自体が重要なことだと、マジメに信じるタイプなんかがそうだ。だけど生きる意味が見つからないようにダンスする意味だって一生見つかるまい。なんで遊んでるのかなぁという思いはいつもつきまといながら遊び続ける。常になんか勝手に一人で背負っちゃってるわけです。どうです?思い当たるフシはあるかな?自分で選んで踊ってるくせに、踊ってることを悩んでいる・・・不思議な人種ですね。多分踊らない人から見たら理解出来ないだろう。どんちーどんちーどんちーどんちー…「今が楽しけりゃいいや」「でもホントはそれだけじゃ寂しい」「今よりもっと幸福になりたい」「今踊ってるせいで将来不幸になったりしないだろうか」「でも未来は誰にも判らない」「ならやっぱり今が楽しけりゃいいや」「でもホントはそれだけじゃ寂しい」…どんちーどんちーどんちーどんちー(BGMはDJ Gregoryの『DON'T KNOW MALENDRO』)…「だから、私はただ遊べればいいと思って踊りに来てるわけではないのだ」「何か特別な愛と叡智を見つけにここに踊りに来たのです」…どんちーどんちーどんちーどんちー。もっと平たく言えば、踊ってる時にも上昇志向くらいは欲しいよなーと。今が楽しけりゃいいっていう止まりの世界観には90年代型を感じます。プラス上昇志向にこだわるのが2004年型なんです。60年代のロックと70年代のロックの違いです。今のダンスミュージックの世界観は、ダンスミュージックが始まって20年近いことを考えると、きっと70年〜80年代型ロックに近いんじゃないでしょうか。完全に妄想ですが。
希望と絶望。両方を行き来しながら生きてますが、ダンスしている時もまさに私は同じです。
人が自分を映す鏡なように、音楽もパーティも自分を見いだす鏡なのかな〜
音楽を感じて希望を見いだし、踊りながら考えちゃって自分自身の絶望も見いだす(時もある)
その反射の連続をいちいち受けている。いちいち反応して踊っている。そりゃパーティ終わった後は身も心もしんどくなっているはずだわ。でもたぶん、絶対、トンネルの向こう側の光がパーティにはあるはず。光が何かはしらないけど。そんな事を期待してパーティに行っています。トンネルの向こう側!!もちろんそれだけじゃないけど。
トンネルの出口出たら何があるのかな〜
お花畑?天国?
状況によっては現在地点が天国よりも幸せいっぱいで踊り続ける時もあるよね。
ほんとはそこが居場所のはずだと思いたい。


