26
May
2004
MEETING WITH REMARKABLE MENという映画で「考えるのではなく、知ろうとすることが、神につながるのだ」というセリフが出て来た。→やばい、私考えてばっかりだよ。これからは知らなければ!→手始めに何から知ろう?→私が何を知るべきかを知ろう。→どうやったら判るんだそれは?先生に聞いても判らなそうだな。→神さまなら知ってるかも知れないけど神さまには聞けないしな。→自分で考えるしかないな。→はっ、気が付いたらまた考えてばっかりだ。→これが私の悪い所だから直さなければ。→考えてばっかりを直す。→どうやったら治るんだろう。→医者に行っても治らなそうだ。考えてばっかりを治す薬なんてなさそうだもんな。→そうか!「考えてばっかりを治す方法」を私は知るべきなんだ。→これがあの映画を見て、私が知ったことだ。→ぐるぐる→あーだこーだ→どーのこーの→・・・
神につながるというのがどういうことを意味しているのかよくわからんですが、考えている時よりも、自分が知らなかったことを目の当たりにしている時の方が幸せな時間かもしれません。
もしくは思考をめぐらせてるうちに何かを発見したりすることも、「知る」ということになるのでしょうか。
考えるという行為が、物事に対し「自分との関係性が何かを定義付ける」か「多方面より吟味し、自分を主体としない客観的な存在として認識する」の2パターンあるとして、前者は「悩む」とし、後者は「発見する」ということなのかもしれず、当然後者の方が健全だ!という意味なのかも知れないね。
実際にはどうかしらんけど。
と、コメントありがとうございましたぁ。
というか、これはただの言葉遊びなんです。書いてる私にとってもナンセンスであり、でもウソだと思ってるわけでもないんだけど。
ニジコが日常、いつもこういうループ型関係妄想にがんじがらめで生きている(そしてやめたいけどやめられなくて困っている)というのが私の言いたい事です。この日記というかこのブログの全体がそうです(笑)やまざきさんてばアホだなー相変わらず。っていう感想を持ってもらえれば幸いどすー。


